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それも愛

性懲りもない日々をつらつらと

多摩川ラン

すっかりおしゃれで立派な街になった二子多摩川から多摩川を渡り、河川敷が会場となっている等々力ハーフマランを走った。

11月にしては割と暖かく川沿いに吹く風が気持ちよかった。

前回9月の八ヶ岳ハーフマラソンはアップダウンの続く辛いコースだったが、ここはフラットな河川敷なので気が楽だった。

走り始めてGPS時計でペースを見ると自分の感覚よりだいぶ早い、今日は調子がいいのかなあなんて思い抑えて抑えて走った。

が、ゴールしたら???

タイムはGPS時計のそれよりだいぶ遅い。

なんのことはないぼくの時計が誤計測してた様だ・・・

そんなこともあるんだなとちょっと落胆し、参加賞のみかんを多摩川を眺めながらかじった。(ホントは走った後はトマトが一番うまいんだけど)

ランニングの会場から駐車場に戻る途中、等々力競技場のたくさんあるグランドの一つで少年ラグビーの試合をやっていた。 ちょっと見るとなかなかちゃんとやっている。

休日に老いも若きもスポーツ!これは平和の象徴だなと思い、帰宅後は近所の定食屋でビールに餃子。運動後のアルコールは廻る、いい休日になった。

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深夜食堂のバターライス

ドラマ「深夜食堂」を遅ればせながらネット配信で観た。(まったく便利になったもんだ)

日本で一番かっこいい俳優だと思う「小林薫」が居酒屋のマスター役だなんて、絶対面白いはずだと思っていだが、期待以上だった。観だすと止まらなくなってあっとゆうまに十数話分観てしまった。

 

もっと淡々とした内容なのかなあと思っていたが、一話完結(各回ごとのお題は全て料理の名前)しかも30分弱の時間の中に案外ドラマチックな仕立てになっている。

涙腺の弱くなった僕は何度か泣いた。

 

ヤクザやおかま、ストリッパーなどアングラ世界の人物を舞台系の役者さんたちが達者に演じてみせる。あがた森魚が出た時は彼だと分からなかった。ギターの流しの老人役で随分ギターのうまい役者さんだなあと思ったが。

 

小林薫はほとんど役作りをしてない素の感じだ。

状況劇場の看板役者だった彼は深夜食堂のある設定になっている新宿ゴールデン街のことは知り尽くしてると思うが、くさい味付けをせず、狂言回しに徹してる風。

 

出てくる料理は一度は食べたことがある家庭料理のものがほとんどだ。

松重豊演じる強おもてのヤクザが好きなタコ足のウインナーなど)

ただ赤い服を着た料理評論家(岩松了)がいつもオーダーする「バターライス」は食べたことがなかった。

それで昨日飲んで帰った後に冷蔵庫を覗くとバターがあったので、早速試してみた。

角切りにしたバターを熱いご飯に乗せ、しばし蒸らす、その後醤油を数滴垂らし箸で混ぜるだけ。

う〜ん・・・どーとゆうこともなく普通にうまかった。

劇中でも思い出の味とゆうだけで特別なものではないから、当たり前のことだけど。

 

 

 

両国でシェイクスピア

両国にあるシアターX(ギリシャ語読みでカイ)で劇団うずめ劇場の「アントニーとクレオパトラ」を観劇した。

ある程度史実に基づいた歴史ドラマなんだろうが、十分現代的でリアルに思えた。

主人公のアントニーは功なり名を遂げた人物だが、クレオパトラとの享楽的な生活にかまけてローマの統治者としての政務をなおざりにする。その間アントニーにとってはまだまだ若造であるライバルのシーザーは優秀な家臣にもめぐまれ着実に権力の基盤を整えていく。

祖国ローマの危機に際し一度は互いに手を結ぶ(アントニーがひと肌脱ぎローマの危機を救う)二人だが、最終的には決別、雌雄を決する戦いでアントニーは敗れ、クレオパトラとともにに死を選ぶ。

アリとキリギリスの様な話だが、主人公はアントニーとクレオパトラだ。

二人は他国のトップ同士としての立場もあり複雑にならざおえない関係ではあるが、最後まで互いへの愛を貫いて破滅へと至る。だがあえて合理的ではない選択によって、プライドを保ち豊かな人生をまっとうできたのではないか・・

またローマと敵対するポンペイウスがシーザーやアントニーを打ち取るチャンスがありながら名誉を重んじみすみす逃しててしまうエピソード(ポンペイウスはその後シーザーに滅ぼされる)もこのドラマのテーマを象徴していると思った。

3時間以上の長い公演だったが、多数の登場人物がそれぞれに魅力があり、退屈しなかった。中休みで一杯やれるのもよかった。

映像を使ったり、舞台の片付けをエンディングのクレオパトラ昇天の場面に重ねるなど、ハッとする演出もありいろいろ楽しめた。

初めて観るシェークスピア劇はちょっとエキセントリック、コミカルでアップテンポなモダンバージョンだったが、テーマは普遍的でかつ現代的だと思った。

こうゆう芝居を見ると「アレはどうゆう意味だったのか??」と数日考える。

が、明快にはわからないまま記憶の底に埋もれて行く。まあ今回もそうだろう。

 

次の電柱を過ぎたら

数年前から日常的にランニングをするようになった。

それまでも気が向いたら走りに行っていたが、ランニングの大会にちょこちょこ出るようになってからは、ある程度週に何回とか何キロとか大まかに決めて走っている。

が、これまで3度フルマラソンを完走して、一つの目標は達成した感がある。

それでも走るのは惰性なのか?とも思う。

でも外を走ると、空の色とか雲の形とか、景色とか空気感とかがその度ごとに違っていて、案外飽きないものだ。

往年のマラソンの名選手「君原健二」さんはランニング中苦しい時に「とりあえず次の電柱まで頑張ろう」と自分を叱咤していたそうだ。

一線を退いてからもランニングを続け、フルマラソンで一度もリタイヤしたことがない鉄人だ。2度ほど市民マラソン大会のゲストランナーで走る姿をお見かけしたが、現役中と変わらず修行僧のような厳しい表情で走っておられた。

ぼくはそんなに頑張れないけど、次の電柱を過ぎたら新たないい景色に出会うかもしれないと思って、もうしばらくランニング生活を続けようと思う。

 

 

京都慕情

「京都慕情」と言う曲が好きだ。

昭和40年代にベンチャーズが作曲して渚ゆう子が歌い大ヒットした曲だ。

そこのろ僕は小学生だった。

のちに何度かカバーされていて、最近では昨年BS NHKの「京都人の密やかな愉しみ」のエンディングで使われた。(歌は武田カオリ、このバージョンもかなりいい)

「🎵 苦しめないで、あゝ責めないで、別れのつらさ知りながら〜 」

歌をきいて小学生だった僕は恋とゆうものは女の人が苦しむものなのかと思ったが、男も苦しむものとだいぶ後年にわかった。

 

その京都にこの10月の連休に高校時代の恩師と旧友たちで訪れた。

さしづめ大人の修学旅行、何年たっても先生と生徒の立場は変わらなかった。50半ばにして生徒に戻りはしゃがせてもらった。

僕は京都が好きで都度都度行くが、今回は関西在住の同級生の手配で楽しい観光となた。一見さんお断りの祇園の粋な小料理屋にも上がれたし、古い木造建物の銭湯のお湯にも浸かった。持つべきものは友である。

 

2泊3日の大人の修学旅行だったが、せっかくの京都なので個人的に延泊した。

ワイガヤの修学旅行から一転、一人気ままに秋の特別拝観などいくつか神社仏閣に足を伸ばした。

前日までのてんこ盛りの観光でお疲れだったのか早めに切り上げて、京都でよく寄る蕎麦屋の「つるや」に行った。

だし巻きと天ぷら、日本酒を飲んで締めに関西らしく「きざみそば」、いつもながらうまかった。

市役所の少し北側になる夷川町にある店を出て少し歩くと鴨川べりに出る。

鴨川沿いを四条河原町付近まで歩いた。川の音が清々しい、鷺も何羽か見かけた。

「🎵 あの人の姿懐かしい、黄昏の河原町〜 」やっぱりいい曲だな、願わくば次は手でもつないで・・

 

京都駅で伏見のお酒を買って新幹線に乗り込んだ。

東山の方角に発車すると窓の外はだいぶ暮れかかっていた。

 「🎵 遠い日は二度と帰らない 夕やみの東山〜 」

 大人の修学旅行はほろ酔い気分で静かに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

小屋への憧憬

たま〜に無性に気になって、どうしてもそこに行きたいとか、手に入れたいとか言うものがある。

いま、その行きたくて欲しいものが「山麓の小屋」だ。

別荘なんて上等なものでなく、山で言えば避難小屋みたいな、子供の秘密基地みたいなものだ。

電気も水道も来てなくてもいい。雑木林の中とかがいい、でも空が広がってないとダメだ。夜、輝く星が見えないと嫌だ。(そこで焚き火をする)

ここ数年、何度か八ヶ岳方面に行くことがあり、そう気持ちにたどり着いてしまった。

標高が1,500メートル(軽井沢で900メートル前後)くらいあって、湿度が低いところがいい。

具体的に言うと八ヶ岳の登山口が近い原村とかが理想的。

ネットで小屋を検索してみると結構出てくる。海外も含め静かな小屋ブームのようだ。

特に海外はセルフビルドも多い、いいなあそれにも憧れる。

屋根はどうしようか、水は雨水タンクを利用するか、断熱はどの程度やるのか、留守が多い小屋で大事な換気はどの方式が優れているのか、トイレはコンポストか浄化槽か・・考え出すときりがない。

土地は借りてもいいがある程度お金も必要だし、セルフビルドなら手間も必要なので、仲間を集ってみるのはどうだろうか・・

小屋作りなんてサイコーの遊びだと思うのだが。誰か乗らないか?

上野逍遥

友人と連れ立って上野の山に繰り出した。

最終的には一杯やることが目的だが、お題目は一応建物探訪だ。

上野の美術館や博物館はちょくちょく出かけるので、今回は「東京文化会館」と「国際子ども図書館」をじっくり見た。

東京文化会館は外見は豪快かつおおらか、建物内部は雅で華やいだ感じでとても気に入った。完成は1961年、僕らとほぼ同じ世代じゃないか、僕と違ってだまだ色あせず輝いていた。

国際子ども図書館は築100年以上の歴史ある建物で華麗な装飾が美しい。安藤忠雄氏の手によるリニューアルで近代的なガラス部分が増築され、それもうまくマッチしている。

その後芸大のキャンパスをちょっと覗いて不忍の池に降りホントの目的地に向かった。

 

 「池之端藪そば」で一杯・・

のはづだったのだが、なんと店はまさに解体取り壊し中だった。

名店といわれる蕎麦屋の中でも、僕はここだ一番好きだった。

味もさることながら、店のしつらいも品が良く、また客さばきが絶妙で、江戸の粋を感じる蕎麦屋だった。調べてみると昨年休業した後、再開したが今年早々閉店になったとのこと。残念!

 

仕方がないので、急きょ酒屋探訪になった。

池之端から湯島方面に下るとちょといい雰囲気の飲屋街があった。(やっぱそこは鼻が効くんだなあ)いくつか良さげな店があったが、いかにも正当な居酒屋風の白壁で縄のれんに「奥様公認居酒屋」の提灯を掲げた「岩手屋」に入った。

入った瞬間これは正解だと思った。

年季の入った室内に一生樽がドンと置いてあり、白木のカンターとゆったりとした席の配置になっていた。

まだ夕方の5時過ぎだったが客は6分くらい入ってもり、しかもかなりの年配の方々でいかにも常連さんばかりだった。カンターの向こうにやはり年季の入った白髪のご主人らしき人がいた。(さいわい気むづかしい人ではなかった)

厨房はカウンターの奥に壁を隔ててあり、十分な広さがある感じだ、厨房がしっかり作ってある店は料理がしっかりしている。岩手屋というだけあって「ひっつみ」などそちら方面の料理もあった。

店の営業時間が午後4:00から9:30と書いてあった。客層にあっている。

身のつまった鮎などをアテに東北の地酒を楽しみ、いつしか名店がなくなったのも忘れ杯を重ねた。

 

しかしやっぱりああゆう店がなくなるのは寂しいことだ。

不忍で そばたぐる音 聞こえたか